後編のUNPLUGGD CROSS TALKのゲストは、前回に引き続き、計測機器やプラント制御システムを手掛ける国内トップメーカーの横河電機で、常務執行役員マーケティング本部長をお務めの阿部剛士氏です。同社はテクノロジーとビジネスの関係をどのよう捉え、どのような企業像を目指しているのでしょうか。グルーヴノーツ代表取締役社長の最首英裕が聞き手となり、その実像に迫ります。

イノベーションは暗黙知を可視化し存在を認識することから始まる

最首 テクノロジーは変革を起こす道具に過ぎないという一方で、テクノロジーなくしてイノベーションが起こせないのも事実です。阿部さんはテクノロジーとの付き合い方をどう捉えていらっしゃいますか?

阿部氏(以下、敬称略) いま私たちが関心を持っているのは、世の中に溢れる暗黙知の可視化です。存在とは認識するところから始まるものといいますが、イノベーションの第一歩も可視化から始まります。AIやIoTなどいまあるテクノロジーをフル活用して、あらゆる事象を可視化できるようにすること。個人的にも、一見すると関係のなさそうなデータを収集し、分析を加えることで新たな知見を得るのが最高の楽しみですね。「その手があったか」と、手品のタネを掴む感じ。また、ビフォー/アフターコロナで、カスタマージャーニーがどう変わるかをシミュレーションしているところです。変化の存在を認識し、それに合わせた製品やサービスを作り出していくのです。

最首 確かにおっしゃる通りです。いま阿部さんがお話しになった存在と認識の関係は、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーが書いた『存在と時間』にも通じる視点ですね。

阿部 可視化の意味するところは、哲学用語でオントロジー、まさに存在論という概念になります。事象や情報を可視化して、やがては複数の産業がお互いのプラットフォームやエコシステムを行き来できると、真のサプライチェーンを実現する時代が近い将来、到来するというのが私たちの予測です。いまの段階では具体的に申し上げることは難しいのですが、横河電機としてもこうした試みに少しでも貢献していければと考えています。この考えはグルーヴノーツさんが掲げる「City as a Service」と共通項があると思っています。

最首 事業を取り巻くコミュニティ全体の営みを捉え、状況を可視化していくというのが、「City as a Service」の特徴の一つです。企業の内側にある変化ではなく、外側にある社会の変化に目を向け、その変化に対応するために変化が必要だとお客さまに認識していただき、より本質的な課題解決に取り組むことが重要だと考えています。

阿部 まさにおっしゃる通りです。なぜ可視化が大事なのかといえば、人々の行動変容を促すためにもっとも有効だからです。個人の振る舞いが変わればやがて社会全体も変わります。イノベーションの実現は人間一人ひとりの行動変容によるところが大きいからです。とはいえ、これからまだまだ乗り越えるべき壁は少なくないと感じています。

最首 と、いいますと?

阿部 新しいテクノロジー、あるいは既存のテクノロジーの組み合わせによってイノベーティブなサービスのタネを見つけたとしてもどのようにマネタイズすべきか、ビジネスモデルを確立するのはイノベーションとはまた違った次元の難しさが伴います。顧客にバリューを提供する見込みはあったとしても、納得感を持って対価を払ってもらうにはどうすべきか、メーカーが自社のビジネスをサービス化する際に必ず直面する大きな問題のひとつだと思います。

過去の成功体験から脱却し、企業文化と従業員のマインドセットを変える難しさ

最首 モノ売りから顧客体験を重視したコト売りの時代といわれても、単にサブスクリプションモデルやリカーリングモデルを取り入れれば、成功するわけでもありません。社内では、どうしたらいいかわからないと戸惑う方もいらっしゃるはずです。横河電機さんではどのように対処されているのでしょうか?

阿部 これまでのモノ売り主体から、サービス提供型のビジネスモデルにどのように移行すべきか、人材の育成、採用なども含めていまも奮闘、挑戦しているところです。顧客を成功に導くためには新しい物語を生み出さなければなりません。用途やスペック、価格による交渉とはまた違った次元で顧客とコミュニケーションを重ねる必要があります。言葉でいうほど簡単ではないというのはおっしゃる通りです。なかなか一筋縄でいきません。

最首 これまでの手法や成功体験を自分たちの力で飛び越えなければならないわけですから、容易ではない。私たちIT業界でいえば、受託開発が是とされてきたゆえの積年の課題に向き合うようなものですね。

阿部 ええ。デジタルトランスフォーメーションにしても、自社ビジネスのサービス化にしても、企業文化と従業員のマインドセットを変えることなしに実現しません。状況が変わったからといって一足飛びに意識を変えられる人は限られています。変えることが難しいからこそ、従業員教育やキャリア採用に力を入れる必要があると思っています。

最首 なるほど。横河電機さんも試行錯誤されているのですね。

阿部 もちろんです。どんな職場にも大なり小なり「先輩がそうしろというので仕方なく」という主体性のない文化を担がされている感は大いにあります。パラダイムが変わろうとしているいまこそ、高度経済成長期に完成した古いフォーマットを刷新するときです。組織デザインを含めて大きな改革が必要なんだと思います。もちろん横河電機も例外ではありません。

最首 戦い方のルール、対象が変わってきているということですね。

阿部 そうですね。刻々と変化する状況に対応しようと思ったら「PDCA(Plan/計画→ Do/実行→ Check/評価→ Act/行動)」を回すだけでは追いつきません。最近、PDCAに代わって、「OODA(Observe /観察→Orient/状況判断→ Decide/意思決定→Act /行動)」に注目が集まっているのはそのため。現場に権限を委譲できるような環境をいち早く整えることが大事なんだと思います。

世代間格差を乗り越え、前途有望な若者たちにX世代ができることとは?

最首 話は変わりますが、一昨年フィンランドのヘルシンキを訪問してスタートアップ施設を見学したことがありました。

阿部 いかがでした? 私もヘルシンキには何度も足を運んでいますが、都市機能のIT化や有望なスタートアップが多い国という印象があります。

最首 そうなんです。フィンランドは北海道と同じぐらいの国土の小国なのですが、たまたま訪れたインキュベーション施設にあったある資料を読んでとても驚きました。

阿部 どんなことが書いてあったのですか?

最首 その資料にはあるスタートアップのビジネスプランが書かれていたのですが、要約すると自国の豊富な森林資源を生かして、戦争から復興しつつある中東の国々に住宅を提供するビジネスを立ち上げたいとありました。驚いたのは日本であれば、大手住宅メーカーが取り組みそうなスケール感のビジネスを設立間もないスタートアップが企てている点です。その資料を読み、彼らの志の高さや視野の広さに驚く一方で国境の枠を超えて物事を考えた瞬間に、可能性が大きく広がることを改めて認識しました。

阿部 最首さん、とてもよい経験をされましたね。フィンランド人は自らの国民性を勇気や忍耐力を示すSISU(シス)という言葉に込め誇りにしているそうです。彼の国にグローバルな視野を持った優れたスタートアップが多いのは、厳しい自然環境と旧ソビエトのロシア、スウェーデンなどの隣国から自国を守るために培ったSISU精神があるからなのかもしれませんね。

最首 そうかもしれません。もうひとつ驚いたことがありました。フィンランドでもそうでしたし、その後に立ち寄った電子政府で名高いエストニアでも同じ経験をしたんですが、「こんなところになぜ?」というところに20代の日本人が普通に働いているんです。これにはとても驚かされましたし、彼らの先入観にとらわれない軽やかさと行動力にはとても感銘を受けました。

阿部 おそらく私も最首さんも1965年から80年にかけて生まれたいわゆるX世代にあたると思いますが、私たちの世代と1981以降に生まれたミレニアル世代、96年以降に生まれたZ世代では生まれ育った背景が大きく異なります。彼らの価値観やライフスタイルを私たちの物差しで測るのはナンセンス。公序良俗に反する振る舞いがあれば厳しく諭すべきですが、それ以外は邪魔せず支援する側に回るべきです。最首さんがヨーロッパで出会われたような日本の若者たちは宝だと思います。

最首 そうですね。根拠が失われてしまった古いルールや価値観で若者を縛り付けてはいけないとつくづく感じました。阿部さんはこれからを担う若い世代をどのように育成すべきだと思われますか?

阿部 われわれX世代の人間は、サーバント型のリーダーとして彼らの活動を暖かく見守るべきだと思います。もちろん見守るだけでなくこれからの時代にあった会社と従業員の関係、働き方、学び方の道しるべをつくるのもわれわれの義務。そもそも個人の成長なくして企業の成長はなく、会社がその人を消費しているだけという非常に残念な状態です。そんな思いもあって、2018年に社内大学『YOKOGAWA University』を開校しました。個人が保有するスキルやアセットを増やすことで、どこに出ても通用する人を育てるためです。

最首 IT人材の育成という観点で、私は次世代のITが目指さないといけないことは、プログラミングができる人材を育てることだけではなく、数理モデルを考えられる人材を育てることだと思っています。複雑にみえる事象も因数分解をすることで、単純な構造の積層に置きかえることができ、その一つひとつの問題を解く数式を組み立てていくことで、シンプルに課題解決ができるようになります。その上で、本質的な問いを立てていくには、人間に対する深い洞察やリベラルアーツの知見の深さが大切だと。かつてスティーブ・ジョブズは「イノベーションは、テクノロジーとリベラルアーツの交差点にある」と言っていました。御社ではどのような教育方針を採っているのでしょうか?

阿部 私も、すべての事象は数式に置きかえられると思っています。そして、社内教育においては最首さんのおっしゃる通り、テクノロジー教育と同じく、哲学を含むリベラルアーツ教育にも力を入れています。先行き不透明なVUCA世界においては問題解決の手法はもとより、そもそも何が本質的な問題なのかを見極める問題開発力が問われます。そのためには物事の原理原則に立ち返って根本から物事を問い直す力、哲学的な素養が欠かせません。しかし、いかんせん日本人は特定分野を掘り下げることをよしとする一方で、幅広い知識を身に付けることを怠ってきたきらいがありました。しかし、もはや高度経済成長期の成功体験に基づいたシステムや価値観を温存すべきではありません。新しい働き方を身に付ける意味でもいまほどリベラルアーツ教育の必要性が高まっている時代はないと思います。

新たなビジネスモデルを確立し、業界のリーダーとなるために必要なこと

最首 最後の質問です。横河電機さんは国内では工業計器・プロセス制御システムメーカーのトップであり、世界でも屈指のグローバルカンパニーでもあります。今後の予測がいまほど困難な時代はありませんが、横河電機さんは今後どのような企業に進化していくとお考えですか?

阿部 主要顧客の製造プラント内に留まることなく、社会に飛び出し業界のリーダーとなることが当面の目標です。大きな目標ですがその準備に長い時間を費やすことはできません。グルーヴノーツさんを始めとする国内外の有力な企業、スタートアップ、ユニコーンとのコラボレーションを通じて、われわれ単独では難しいソリューションの実現を通して、社会課題の解決に挑みたいと思っています。

最首 グルーヴノーツとしても、少しでもみなさんのお力になれるようアイデアを出していければと思います。本日は長時間にわたりお付き合いいただきありがとうございました。

阿部 こちらこそいい機会をいただきありがとうございました。われわれもグルーヴノーツさんから多くのことを学びたいと願っているので、今後ともよろしくお願いいたします。

最首 こちらこそよろしくお願いいたします。

構成:武田敏則(グレタケ)