いいものを作れば黙っていても売れる。そんな時代があった。しかし、グローバル経済の進展、顧客指向の多様化、デジタルテクノロジーの進化などによって、この10年の間にビジネスのルールが激変した結果、かつてまばゆいばかりの光を放っていた日本企業の勢いは、GAFAや米中のユニコーン企業を前にすっかり影を潜めてしまっている。はたして日本企業復活の芽はあるのか。あるとすればこれから日本企業にはどのような変化が必要なのか。グルーヴノーツの代表取締役社長、最首英裕が今回から2回にわたって、これからの企業に求められる変化の本質を紐解いていく。
本質的な議論と商材の話が混在しているのが現在の状況
ことさら最先端テクノロジーに関心がない方にも、おそらく「デジタルトランスフォーメーション」というキーワードが耳に届いているでしょう。
私自身、デジタルテクノロジーを上手に活用し、大幅なコスト削減を実現し新規ビジネスが軌道に乗せ、傾きかけた企業が復活したといったストーリーを目にすると、デジタルトランスフォーメーションがもたらす変化の大きさを感じずにはいられません。
しかしその一方で、「AIを利用すればすべての問題が解決できる」「AIが人間の仕事を奪う」といった、実態とはかけ離れた情報を目にする機会が少なくないのも事実です。私はデジタルテクノロジーの活用を過剰に礼讃したり必要以上に恐れたりする背景には、議論の混乱があるのではないかと見ています。
本来、社会の構造的な変化をもたらすテクノロジーと、業界が売り出す商材としてのテクノロジーは分けて考えるべきですが、いまはこれらをきちんと腑分けすることなく、すべて同じテーブルに乗せて語られている状況が、こうした傾向に拍車をかけているように思えてなりません。
ファッションの流行が時を隔てて繰り返すように、ITやシステム開発の世界にもリバイバル現象が起こります。ある程度の年齢の方であれば、現在の「AI」と同じ分脈で「ファジー」や「ニューロ」というキーワードをよく目にした時代を思い出す方も多いのではないでしょうか。
古くからあるテクノロジーがパッケージを変え、新たなトレンドとして脚光を浴びることが悪いわけではありません。しかしその本質を見極めることなく売り手の口上に乗せられていると、本来解決すべき課題を温存したまま、対症療法的な施策にお金を注ぎ込み続けることになる危険性は知っておくべきでしょう。
それは、われわれが提供している量子コンピュータとAIを活用したクラウドプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」も例外ではありません。仮説なき分析、施策なき分析がもたらすのは時間と予算の浪費でしかありません。
どのようなテクノロジーも、道具であり解決のために最適化された手段である以上、得意不得意があります。誤った期待感に基づいて選択すれは、想像していた成果とはかけ離れたものしか得られないのは自明です。
では、ユーザーとなる企業で働く方々がテクノロジーの本質を正しく捉え、ビジネスに活かすにはどうしたいいのでしょうか。まずは、われわれが生きている世界が大転換期にあることを正しく認識するところからはじめるべきだと思います。
内向きな変化しか見えていない日本企業
現代は経済のグローバル化の浸透によって国境や業界の枠組みが崩れ、いつ未知のライバルが出現するかわからない時代です。
皆さんのなかには、いまも日本は輸出大国だと思われている方がいるかもしれませんが、そのイメージは過去のものといえます。なぜなら日本の貿易依存度はお隣の韓国が60%を越えているのに対し、日本は20%台後半に留まっています。世界第3位の経済大国を支えているのはグローバル化した企業のみならず1億2700万人の日本国民が消費する内需なのです。
過去数十年にわたり、グローバル化やIT化の遅れを指摘されても、日本が国際社会のなかで一定の存在感を維持してこられたのは、自国内に頼るべき市場があったからです。しかしその頼りの綱である日本の人口は2009年を境に減少に転じています。しかも自由主義経済の旗印の下、外国産品や海外企業の国内市場参入を阻んできた関税や規制は撤廃される傾向にあり、どの業界も例外なく国際競争の矢面に立たされようとしています。
さらに地震や水害などの自然災害、昨今の新型コロナウイルスのような感染症の流行はいつ起こるかわかりません。昨日まで通用していた常識や前提条件が突如として通用しなくなる不確実性の高い時代にわれわれは生きているのです。
業界の慣習や常識といわれるものにはそれぞれ成立に至った経緯があり、尊重することに意義があったからこそ大切に扱われてきたわけですが、パラダイムが変わればこれまでのノウハウやセオリーが通用するとは限りません。むしろ成長の足かせになってしまうことのほうが多いでしょう。
そう考えると、これまでは自国のコミュニティで一定の役割を担う状況が確保されていたからこそ、自社が抱える課題だけにフォーカスできた。ただこうした変化に富んだ状況下において、例えば「鉄道とはこうあるもの」というのは、その業界の持論でしかなく、利用者にとっての移動は電車でも飛行機でも、自動運転車でもいい。
業界や自社内に閉じた変革は、内向きな効率化でしかないのです。経営トップは、社会の変革に目を向けるべきです。社会とは人間が本質的に望むものであり、現在・未来への望みが社会課題としてあらわれてきます。顧客に支持され続ける企業に共通するのは、社会課題の解決に視野を広げ、状況に応じて使い慣れたフレームワークを捨て去ることすら厭いません。
自社の存在価値や商品やサービスがもたらす意義を再定義するにしても、変化の予兆を察知するにしても、大切なのはデータとテクノロジーを駆使すること。そうした企業が変化の荒波を越えていけるのだと思います。
テクノロジーとデータを使いこなす者が生き残れる時代に
もしいま、われわれが直面している変化が一時的なものであり、いずれ元の流れに戻る見込みがあるのであれば、現状維持も有力な選択肢になり得るかも知れません。しかし実際にはこの変化は不可逆であり、変化のスピードや振幅がますます激しくなるというのが大方の見立てです。もしこれが取り越し苦労などでなければ、挑戦なき安定志向、守りに終始する経営の先にあるのは衰退以外にないでしょう。
GAFAやBATに代表される成長企業の多くが、足もとの売上や利益よりも成長力に重きを置いた舵取りをしているのは、現状に安住することはビジネス上の死を意味することをよく知っているからにほかなりません。だからこそ彼らは失敗を許容し失敗から学び、新たな市場に果敢に挑戦しているのです。
もちろんこうした考え方や取り組みは、先進IT企業だけに許されたものではなく、業種や業態、企業規模の大小を問わず応用可能であり、それはもちろん日本企業にもできるはずです。
とはいえ経営トップが「チャレンジしろ、失敗から学べ」と叫ぶだけでは社員は動きません。挑戦を促すような仕組み、成果を称え合うカルチャーを醸成することが欠かせませんし、仮に失敗してしまったとしてもマイナス評価にならないような、人事・評価制度の見直しも必要になるでしょう。
これまで変化の乏しい環境に身を置いてきた日本企業がグローバル市場で強力なライバルたちと競い合うのは容易ではありません。しかし企業経営におけるテクノロジーとデータ活用の位置づけを高め、高度経済成長期には当たり前だった成長に対する貪欲さと変化を恐れない姿勢さえ取り戻せば、きっと互角以上の戦いができるのではないかと信じています。
私は、変化に強くなるとは、企業体はどういう機能で成立しているかを考え、うまく分解しながら機能ごとに数式化していくことだと思います。ITは特にそうで、従来はさまざまな条件を考慮して、文章のようにプログラムを書くことがシステム開発であると認識されていました。ただ、そうすると少しの変化が文の意味を変えてしまうので、人月をかけた書き直しが必要になってしまいます。変化に弱いシステムであるといえます。
だからわれわれは、変化に強いシステムとして、事象を数式で表現する「数理モデル」を重要視しています。数理モデルは、ビジネス状況の動きに応じて、解釈の仕方を変えて応用したり組み合わせたり、変数の与え方を変えることで、模型を作り直すことなく使えるものになるのです。
すべての課題を解決する「銀の弾丸」は存在しない以上、ただ最先端のテクノロジーを導入しさえすれば、データを集めて分析さえすれば、それだけでビジネスの状況が改善されるわけではありません。だからといって現状を追認したり、テクノロジーの誤った扱い方やデータ解析のポリシーを持ち合わせていなければ、経営の不確実性は増すばかりです。
ユーザー企業自身が失敗を恐れず果敢に挑戦すべき時がきているのです。
【プロフィール】
最首 英裕 株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長
早稲田大学第一文学部卒業後、地域再開発コンサルタントを経て、ネットワークエンジニアとして活動。米Apple社の製品開発に従事し、その後も数々の製品開発を手がける。1998年にベンチャーを創業し、JASDAQに上場。13年間のベンチャー経営を経て、マネジメント・バイアウト。株式会社グルーヴノーツ 代表取締役に就任。2019年、世界で初めて量子コンピュータの商用サービス化に成功。機械学習/量子コンピュータの民主化を実現すべく、「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」の事業を推進。
後編『「City as a Service」構想がもたらす未来とは?』に続く
構成:武田敏則(グレタケ)