人は合理性だけで生きているのではない。
喜びも、悲しみも、合理性の外側にある。

こんな当たり前のことが、忘れられていた時代があった。
モノが不足している時代。情報が一方通行でしか伝わらない時代。
そういう時代は、選択肢が限られているが故に、人は単純な理由で動き、モノが売れ、経済活動が成立していた。

インターネットという技術の普及は、こうした社会に大きな変化をもたらした。

統制されない自由な情報の広がりと、そのおかげで、画一的ではない人間の当たり前の姿が明らかになった。だからこそ、合理的理由ではないことに人が心を動かされ、経済が影響を受けるようになってきたのだ。

社会は経済の中にあるのではなく、経済が社会の中にあるのは確かだけど、経済活動は社会を支えている。

その経済が、社会が画一的ではないがゆえに、人間の行動を読みきれず、変化の方向を見失いがちになっている。

機械学習という仕組みは、複雑で曖昧な過去の状況から特徴を見つけ出し、未来を予測することが得意だ。

それが、曖昧な感性の結果であったとしても、深い思索があったわけでもない直感の結果であっても、そこから結果につながる特徴を見つけ出し、精度の高い予測をする。

だから、ベテランの社員が直感的に捉えている出来事を見せていくと、どこに特徴があるのかを見つけ、ベテラン社員と同じような判断を下すことができるようになる。

これが知能なのかというと少し違うと思うし、過去の経験から学ぶのだとしたら、それがそのまま人間がいらない未来につながるというのも違うと思う。

しかし、明らかに言えることは、人間らしい多様性や、人間らしい曖昧さを許容し、サポートする仕組みが、こうした仕組みによって作られ始めているということだ。

経済という活動は、人が喜び、社会が受け入れてくれるからこそ成立する。

機械がやるから血が通わないのではなく、人が作るから血が通うのだ。

だからこそ、ぼくらは機械学習や人工知能は、テクノロジーの話ではなく、社会学だし、人類学だし、人間のための、社会のためのものとして普及・発展していくと信じている。

そして、世の中には、そうしたことを信じて活動している人が驚くほどたくさんいる。

ぼくたちは、UNPLUGGEDを通じて、こうした人たちに焦点をあて、そこから触発される活動を促し、人間らしい未来につながっていくことを支えていきたい。
それが、UNPLUGGEDを創刊する意義。ぼくたちが行う理由だ。