ソニーグループ株式会社 執行役員 技術インテリジェンス渉外担当 大村隆司氏と株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕 

東京通信工業からソニーへと社名を改めてから63年。2021年4月、ソニーはソニーグループとして新たなスタートを切りました。ゲームや音楽、映画などのエンタテインメントや金融サービスなどでも存在感を示す同社。車載、IoT領域などにおいても先進的な取り組みが、業界の内外で高く評価されています。今回登場いただくのは、ソニーグループで技術インテリジェンス渉外担当の執行役員として辣腕を振るう大村隆司氏。半導体業界の有識者としての立場から、テクノロジーとビジネスの関係について、グルーヴノーツ代表の最首英裕が聞きました。

システムとアプリケーションを理解する希有な存在

最首 本日は、半導体ビジネスの有識者のお立場から、ビジネスにおけるテクノロジー活用の要諦についてお話を伺えればと思います。

大村 こちらこそよろしくお願いします。

最首 大村さんといえば、いまや車載半導体やIoTソリューションのエキスパートでいらっしゃいます。JEITA(電子情報技術産業協会)やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)、産総研(産業技術総合研究所)、公的なお立場もお持ちです。今日までのキャリアを振り返っていただけませんか?

大村 はい。1984年に新卒で入社した三菱電機で、半導体試験装置の開発に携わったのがこの世界に足を踏み入れるきっかけでした。半導体試験装置は海外では、ATE(Automated Test Equipment)と呼ばれ、自動試験装置すなわち計測、コンピューティング技術によるシステム技術領域。いわゆる「システム屋」としての経験が私の原点です。

最首 その後、ルネサステクノロジ(当時)に移られ、半導体試験装置から半導体事業に携わるようになりましたね。

大村 ええ。三菱電機時代ではその後もいろいろなプロジェクトに関わりました。ジョブローテーションで人事部に異動し、キャリアパスプログラム制度の見直しに携わっていた時期もあります。そうこうしている間に、三菱と日立の半導体部門が統合・分社化されることを知りました。ぜひ新会社で新しいチャレンジがしたいと手を挙げ、上司に無理を聞いてもらって、ルネサステクノロジに移ったのです。2003年のことでした。

最首 ルネサステクノロジでは、どのようなお仕事をされたのですか?

大村 当時は、システムLSIやSoC(System on a Chip)が脚光を集めていた時代です。最初はSoC、その後、MCU(Micro Controller Unit)事業を経験させていただきました。自動車との関わりを深めたのは、2010年にNECの半導体部門が加わり、ルネサスエレクトロニクスとして再出発した後のことです。新会社では、いままで以上にお客様との距離を縮めるため、アプリケーション軸に力を入れることになり、常務に昇任したのを機に自動車事業に関わる半導体全体の担当役員になりました。

最首 最初から自動車担当だったわけではなかったのですね。

大村 ええ。東日本大震災以後、自動車半導体パニックが本格化してからのことです。担当になった以上、「何としてもお客様に恩返しをする意味でルネサスを自動車分野で世界一にするのだ」という意気込みでした。幸い、努力が実を結び、「ルネサスといえば自動車」というポジショニングを確立することができました。そこまでたどり着くまでには、難しい局面や苦しい時期を乗り越える必要がありましたが、いまとなっては良い経験だったと思っています。その後、ソニーから声が掛かり、2018年に入社することになりました。半導体事業会社のMobility & IoT担当の執行役員を経て、現在は、グループ本社で技術インテリジェンス渉外担当の執行役員を務めています。

自動車分野で世界一にする|ソニー 技術インテリジェンス渉外担当 大村氏とグルーヴノーツ 最首との対談

最首 立場を変えながら、長らく半導体と関わってこられました。

大村 そうですね。通信やソフトウェアと関わる「システム屋」としてのバックグラウンドがあるので、半導体のビジネス適用を考える「アプリケーション屋」としての経験も持っています。そのため、マイコンや組み込み機器側のこともわかるし、自動車分野などの業界の事情やニーズについてもよくわかります。周囲を見渡しても私のようなキャリアを歩んできた人間は少数派。外部の有識者団体や政府機関の委員会などから声が掛かるのは、こうしたキャリアがあるからだと思います。

ソニーは、技術で人々に感動を届けたい人にとっての「遊園地」

最首 私たちグルーヴノーツは、量子コンピュータとAIを使った商用サービスを手掛けています。お客様からは、将来の需要予測や人やモノの最適配置を割り出してほしいと依頼されることが多いのですが、依頼された課題だけにフォーカスし過ぎてはダメだなと思うことがよくあります。もちろん依頼された課題を解くのはやぶさかではありません。しかし、そこに留まらず社会的課題を解く意識、つまり業界全体、社会全体の最適解を求める志向を持たないと、いつまでたっても部分最適にしか貢献できないのではないかと感じることが少なくない。大村さんは、車載半導体分野の有識者でいらっしゃいます。大村さんのお仕事は単に便利なクルマづくりに貢献するだけでなく、その先にある社会変革にまで思いを致して取り組まれているのではないかと推察します。ご自身ではその点に関してどう考えていらっしゃいますか?

大村 いきなりストライクゾーンに剛速球を投げ込まれますね(笑)

最首 すみません(笑)

大村 いえ、でも、最首さんのおっしゃるとおりだと思います。何か大きな仕事をしようと思ったら、目先の課題も大事だけれどもそれだけに終始していてはダメ。ビジネスのサスティナビリティを考えるなら、環境や人権などの「大義」を意識し、真摯に向き合っていくべきだと思います。たとえば、車載用の半導体デバイスがより一層進化して、自動運転の機能が向上するのはとても素晴らしいことですが、でもそこが真のゴールではありません。クルマ以外のモビリティとうまく連携させ、効率的な交通網の再構築に貢献できたら、二酸化炭素の排出も抑えられ、社会により大きなインパクトを与えることができるでしょう。私も社会との関わりのなかでモノづくりがしたいと常々考えているので、最首さんのお話には非常に共感を覚えます。

最首 ありがとうございます。昨年の1月に発表されたコンセプトカーの「VISION-S」を拝見したとき、大村さんがおっしゃる大義を感じて非常にワクワクしたのを覚えています。私にはスマートで美しい車体、先進機能の素晴らしさもさることながら、ソニーがこれからの社会をどうとらえ、どのような立ち位置を占めたいのか、とても大きなメッセージを受け取った気がしました。

大村 ソニーはテクノロジーを使って、人々に感動を届けられる数少ない企業です。その点に惹かれて私はこの会社に入りました。実際、ソニーには外からのイメージそのままに、立場や役割を超えて自由闊達に議論する風土もありますし、新しいモノを生み出せるだけの能力を持った人も技術基盤も、それらを活かす事業体もたくさんある。前例のないチャレンジに貪欲なDNAが脈々と受け継がれているソニーは、私にとって「遊園地」みたいな場所なのです。

前例のないチャレンジに貪欲なDNAが脈々と受け継がれているソニー|ソニー 技術インテリジェンス渉外担当 大村氏とグルーヴノーツ 最首との対談

より良い社会を目指し、ルールメイキングを主導

最首 大村さんがいま管掌されている「技術インテリジェンス渉外」はどのような使命を帯びているのでしょう。概要を教えていただけますか?

大村 テクノロジーについての知見、業界ネットワークを活用し、グローバルな視点で技術動向を把握、理解を深め、将来に向け事業環境を整える土台づくりを進めることを使命としています。もう少しかみ砕いた表現に改めると、ソニーが持つテクノロジーやコンテンツをグループの垣根を越えてつなぎ、技術の観点から新しい価値創造の手助けをする。それが私たちの仕事です。

最首 テクノロジーとビジネス、またソニーグループ内の事業、外部の企業との化学反応を促進する「触媒」のようなお仕事なのかも知れません。

大村 そうですね。触媒のような仕事もやれば、政府に対する法整備や政策の具申、国際標準づくりなど「ルールメイキング」にも、積極的に取り組んでいます。とくにルールメイキングの分野では、日本企業は欧州や米国の企業に遅れをとりがちです。すでに定まったルールに則ってモノをつくるのもいいですが、ルールメイキングの段階から積極的に関与することによって、本当の意味でのイノベーティブな価値創造ができると考えています。

最首 根本に立ち返って課題に向き合うというのは、できそうでなかなかできないことだと思います。非常に大事な取り組みですね。

大村 個々のデバイス、製品については各事業のみなさんが額に汗して頑張ってくださいます。私たちはみなさんの流した汗の結晶が、きちんと社会に実装され本来の価値を発揮できるような環境をつくる役割。ソニーの持続的な成長に必要不可欠な重責を担っていると自負しています。

最首 確かに重責ですね。多岐にわたる分野での経験と人脈をお持ちでないと、職責を果たすのは難しそうです。

大村 ええ。ソニーのテクノロジーやコンテンツを線でつなぎ、面を構成したときにどんな価値が出せるかを想像しながら、その担い手である一流エンジニアの育成にも関わっているので、1つのことに専心しているだけでは職責はまっとうできません。いうなれば、最高の「料理」をつくるために、世界中から優れた「食材」や「調理道具」を集め、おいしい料理の「レシピ」を考え、有能な「シェフ」も育てる。幅広い領域にまたがる知見が求められる仕事です。

最首 狭い意味での「モノづくり」を得意とする、日本の製造業にはこれまであまりなかった役割といえそうです。

大村 先ほども触れたとおり、日本人はできあがったルールに合わせるのは非常に得意です。そのせいか、ルールづくりに関してはどこか他人事のように感じている方が少なくない。それは、企業間の戦いは、知財や特許、価格など、競争領域だけで繰り広げられていると考えているからです。

しかし現実には、協調領域とされている分野でも熾烈な主導権争いが起こっています。話がまとまってから重い腰を上げるのでは、製品開発にしても調達や生産にしても、ライバルの後手に回るほかありません。これでは、すでに負けが決まった試合に出るようなものです。だからこそ、業界、国としての、国際的なルールメイキングには積極的に取り組むべきだと考えています。

「協調領域」における「競争」が起きている

最首 欧米に加えて中国も勢いを増しています。競争は過酷ですね。

大村 そうですね。しかも海外で中心となっている担い手の多くは40代以下の若手。私たちが責任ある地位を占める若手を増やそうとしているのはそのためです。人口減少と理工系離れが進む日本では難しい取り組みですが、すでに多くの方々と問題意識や危機感を共有しています。チャンスはきっとあるはずです。

必要な要素を集めつなぎ合わせ、新たなビジネスを紡ぐ存在

最首 私たちグルーヴノーツもデータをもとにビジネスを展開している企業です。そこでぜひ伺いたいのですが、大村さんは、これからのデータ社会の発展をどうご覧になっていますか? 

大村 いまはクラウド全盛ですし、5Gなどの高速通信技術が持てはやされています。しかし、このまま幾何級的にデータ流通量が増えていけば、いずれデータを処理しきれなくなる日が訪れるでしょう。つまり、クラウド上で処理すべきデータ、エッジサーバー、エッジデバイスで処理すべきデータを分けて、効率的な仕組みづくりを進める必要があるわけです。大型データセンターで消費される年間の電力使用量は、年間10万キロワット。つまり10カ所のデータセンターが増設されるたびに、原発1基分の発電量が必要になる計算です。クラウド、分散クラウド、エッジデバイスの使い分けについての議論は、テクノロジー、ビジネス、環境などに重点を置いて進めるべきだと感じています。

最首 データの爆発的増加に伴って、改めてエッジ側のテクノロジーの重要性が増しつつあるというのは興味深いお話です。

大村 幸いなことに、日本にもクラウドや分散クラウドコンピューティングに詳しい専門家、エッジデバイスに詳しい識者がたくさんいらっしゃいます。ただ、これらを横断的に理解し、語れる方は多くないのが現状です。日本には光るテクノロジーがたくさんあるのに、これらをつなぎ合わせて最適化するところまで持っていく力が非常に弱い。私がソニーの外に出て、業界団体や政府主催の委員会でなどで発言するのはこうした問題意識があるからです。

最首 立場を超えた議論をしなければならないときに、自分の得意分野についてだけ語っていては話が前に進みませんよね。いまのお話を聞いて、大村さんのような方が求められる理由がよくわかりました。

立場を超えた積極的な議論を|ソニー 技術インテリジェンス渉外担当 大村氏とグルーヴノーツ 最首との対談

大村 これまでのように、レガシーなビジネスモデルやテクノロジーにパッチを当てながら凌ぐことに慣れるべきではありません。当然、これまでの流れを踏まえ、継続すべきことときっちりと分けて議論を進めなければなりませんが、将来に向けてゼロから考える必要性がある部分に関しては果敢に変えていくべき。いまがまさにそのタイミングなのだと思います。

最首 おっしゃるようにこれまで変革への力学が働きづらかったのは、成功体験が邪魔しているのかも知れませんね。以前、本田宗一郎さんが生前受けられたインタビュー映像を観たことがあります。本田さんは「なぜあなたたちは成功できたのか」と問われて「僕らが会社をつくったときは、戦争もあったしうるさく小言をいうおじさんたちがいなかったから」という趣旨のことをおっしゃっていたことを思い出しました。若い世代にのびのびと働ける環境を提供することも、私たちの大事な責任なのですね。

大村 最首さんのおっしゃるとおり、若い世代にチャンスを与えるということはとても大事なこと。もう一度、私たちの世代が魅力のある環境をつくっていかなければならないというのは、まさにそのとおりだと思います。

最首 まさに未来に向けた社会貢献ですね。

大村 ええ。私はこの年まで周囲の方々にも恵まれ、比較的好きなことをやらせてもらってきました。ですからソニーという大きな舞台の上で、こうした意義深い仕事に携われるのは本当に幸せですし、感謝すべきことだと思っています。

最首 今日は大村さんとこうしたお話ができたことを非常に光栄に思います。テクノロジーは人々の生活に寄り添ってこそ、はじめて効力を発揮するものだという思いを新たにできました。私も一人ひとりの幸せに貢献できるよう努力を続けていきます。本日はありがとうございました。

大村 私もソニーの取り組みや志を多くの方に知っていただける機会を設けていただいたことに感謝しています。最首さん、これからもディスカッションを重ねていきましょう。次回はオンラインではなく、福岡でお会いできたらいいですね(笑)

最首 そうですね。実現する日を心待ちにしています。本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございました。

大村 こちらこそありがとうございました。

CROSS TALK GUEST

大村隆司

ソニーグループ株式会社 執行役員 技術インテリジェンス渉外担当

【プロフィール】1961年生まれ。84年、三菱電機に入社。2003年にルネサステクノロジに転じ、13年執行役員として第一事業本部長(MCU、SoC、技術開発管掌)に就任、15年には、執行役員常務として第一ソリューション事業本部長(後にオートモティブソリューション事業本部)に就任。改組後のルネサスエレクトロニクスの車載向けビジネスを牽引する。18年にソニーに移り、執行役員、兼ソニーセミコンダクタソリューションズ副社長を経て、20年から現職。ソニーセミコンダクタソリューションズ取締役、JEITA半導体部会、標準化政策部会委員、NEDO技術委員、産総研次世代コンピューティング戦略会議委員など要職を兼務する。

 

構成:武田敏則(グレタケ)