左:株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアパートナー 青嶋稔氏
右:株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕

コロナ禍で人々の移動やコミュニケーションが制限され、仕事や生活に大きな変化が強いられています。突如として変わってしまった世界を前にデジタルテクノロジーには、どのような可能性があり、どう利用すべきなのでしょうか。今回は野村総合研究所のシニアパートナーとして、数々のグローバル製造業を支援している青嶋稔氏をお迎えし、VUCA時代に求められるビジネスのあり方や成長する企業の条件についてお話いただきます。

ITリテラシーがないからDXは無理という誤解

最首 この対談シリーズでは、イノベーティブな取り組みを実践されている方に登場いただき、テクノロジーとビジネスの両面から変わりゆく社会をどう捉えるべきか、お話を伺っています。本日のゲストは野村総合研究所(以下、NRI)でシニアパートナーを務めていらっしゃる青嶋さんです。

青嶋氏(以下、敬称略) 本日はよろしくお願いいたします。 

株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアパートナー 青嶋稔
【プロフィール】1988年に大手メーカー入社後、トップセールス、米国法人営業マネジメント、CRMプロジェクト、買収後統合、新規事業開発等に従事。2005年にNRI入社。グローバル事業コンサルティング部、技術・産業コンサルティング部、電機・精密・素材産業コンサルティング部を経て現職。グローバル製造業に対する中期経営計画、事業戦略、営業改革、M&A戦略立案、買収後の統合戦略などを数多く担当。

最首 こちらこそよろしくお願いいたします。青嶋さんは精密機器メーカーを経てNRIで、大手製造業への経営コンサルティングを手掛けていらっしゃるそうですね。

青嶋 ええ。前職では日米での営業、文書管理システム、CRMシステムと複合機を組み合わせた新規事業の立ち上げや、いま言うデータのクラウド連携やSaaSのはしりのようなビジネスを手掛けていました。NRIに入社してからは、グローバルで展開する日本の製造業を主なお客様としながら、ビジネス戦略や実行計画の立案のお手伝いをさせていただいています。

最首 では、立場を変えながらこの30年にわたる製造業を取り巻く状況の変化を間近でご覧になってきたわけですね。

青嶋 はい。90年代以降の変遷を目の当たりにしてきました。グローバルで戦う日本の製造業とデジタルテクノロジーを活用したビジネスモデルや事業戦略に携わる機会が多く、この数年の変化の大きさを実感しています。

最首 コンサルタントの立場で、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)をご支援される機会も多いと思うのですが、世の中に流布するきらびやかなDXのイメージと現実の厳しさとのギャップに戸惑うこともあるのではないですか?

青嶋 確かに、何かにつけて「DXをやりたい」という声を多く耳にするようになりましたね。この場合の「DX」は、単にアナログな業務をデジタルに置き換えたいという意味でおっしゃることが少なくありません。そのたびに、それは大きな変革を伴うDXではなく、単純なデジタル化と呼ぶべきものだと申し上げるのですが、何のためにやるのか、何がしたいのか、目的が曖昧なことが多いのが気がかりです。

NRI コンサルティング事業本部 シニアパートナー 青嶋稔氏 × グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕のアンプラグドインタビュー

最首 実は最近、自治体の有識者会議に呼ばれて話をすることがあるのですが、その際にある経営者から「当社もDXをやりたいが、社内にITリテラシーのある社員がいない。どうすべきか」と聞かれ戸惑ったことがあります。経営改革とITは表裏一体の関係にあるとはいえ、青嶋さんがおっしゃるように目的を明確化するのにITリテラシーは関係ありません。

多くの企業にとってDXはIT分野に限定される取り組みであり、科学的な視点で経営やビジネスを刷新するものという理解が、まだ浸透していないことに改めて気付かされました。

青嶋 DXの第一人者と呼ばれるスイスの国際経営開発研究所(IMD)マイケル・ウェイド教授が来日された際、「日本のDXは型から入りがちで、ビジョンもパーパスも希薄」しかも「経営者自身がDXによってどんなバリューを生み出したいのかが見えない」と、講演で危惧を表明されていらしたそうです。彼と面会したお客様からそんな話を聞きました。

最首 それは悲しい話ですね。

青嶋 同感です。DXに限らず、大きなことをやり遂げるには、リーダーが目的と進むべき方向性をはっきりと指し示す必要があるのですが、つい、口をついて「DXをやりたい」といってしまう経営者は、DXをビジネスや組織を変える手段というより、目的として捉えているのでしょう。ビジョンや目的意識がごっそり抜け落ちてしまっていることに気付いていないのです。

最首 経営者が嘆くべきは、自社のITリテラシー不足やIT人材の不在ではなく、ご自分の会社をどういう状態にもっていきたいのか、もっといえば、社会における自社の存在意義を明確に示していないことであるはずなのに、現実には、そこまで切実に捉えている経営者はまだ少ないのかも知れません。

青嶋 私のお客様の中で、たとえばコニカミノルタの山名社長はビジョナリーでデジタル戦略に非常に長けています。他にもDXの教科書に採り上げられるような世界的な取り組みで注目を集める製造業が数社ありますが、大勢のIT人材を抱えているかといえば、必ずしもそうでもありません。

これまでの経験でいえることは、プロジェクトの初期の段階で、必ずしもITに詳しい人が必要かというとそうではなく、むしろビジョンを明確に示せる経営者と、そのビジョンに共感する社員の存在のほうがはるかに重要だということです。こうした土台がないのに、仮に外部から優秀なIT経験者を招聘するとどうなるか。経営者のビジョンと日本の強みでもある現場、それらをつなぐテクノロジーといったパズルのピースは欠けたままで、残念な結果に終わることも少なくありません。

NRI コンサルティング事業本部 シニアパートナー 青嶋稔氏 × グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕のアンプラグドインタビュー|テクノロジーのピースをつなぐ

ビジョンの言語化こそがDX成功のカギとなる

最首 青嶋さんがお付き合いされているお客様の中で、DXに成功されている事例を伺いたいのですが、差し支えない範囲でお聞かせいただけますか?

青嶋  建設機械メーカーのコマツさんはその代表例でしょう。建設機械にセンサーを取りつけて稼働状況を把握出来る「KOMTRAX(コムトラックス)」や、建設現場で稼働する機械、作業員、地形の変化まで、建設現場の可視化を実現するスマートコンストラクションの「KomConnect(コムコネクト)」も「現場で何が起こっているのか知りたい、見える化したい」というシンプルな思いから生まれたものです。たとえトップが代替わりしても、組織として明確なビジョンを持ち続けているのがコマツさんの強さ。だからこそ、DXの成功事例として世界から注目される成果を出し続けられるのだと思います。

最首 IT人材がいても、建設現場の課題を熟知していなければ、こうした画期的なサービスやソリューションは生み出せないでしょうね。

青嶋 はい。しかもコマツさんの取り組みは、自社の製品やサービスをご利用いただくお客様の課題解決に留まらず、膨大な雇用数とデジタル化が遅れている建設業界を変えることまで見据えています。課題を捉える視座の高さと、クラウドもIoTも、あくまで自らのビジョンを実現するための手段として考えている点において、コマツさんは多くの会社のお手本といえそうです。

最首 経営者が自社のパーパスと明確なビジョンを明らかにし、それに共感するプロフェッショナルが集まっている組織は変化に強いしお客様にも評価される。コマツさんのような企業が、これからの時代を生き残るための、ひとつの条件を示しているといえそうですね。

青嶋 そう思います。

最首 以前、欧米企業と日本企業の違いを分析した調査資料を見たところ、欧米企業は「成長性」に着目するのに対して、日本企業は「損益」を重視するとあり、なるほどと思ったことがありました。成長性は「未来」、損益は「過去」を示す指標です。どちらも大事な指標ですが、もしかするとどちらを重く見るかの違いが、理想的な未来を思い描くビジョンに対する意識の違いにつながっているような気がするのですが、青嶋さんはどうお感じになられますか?

NRI コンサルティング事業本部 シニアパートナー 青嶋稔氏 × グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕のアンプラグドインタビュー|過去と未来、損益と成長性

青嶋 まさにおっしゃるとおりだと思います。去年と今年でやるべきことが大きく変わらないのであれば、損益を重視して、去年よりも少しでもよければいいという考えも成り立つでしょう。しかし、すでにわれわれは、何が起こるか予測困難なVUCA(Volatility/変動性、Uncertainty/不確実性、Complexity/複雑性、Ambiguity/曖昧性)時代に生きています。

こうした状況において、もしイノベーティブなプロダクトを生み出したいと願うのであれば、過去に答えを見出そうとするのは無理があります。過去と現状をスナップショットとして捉えるMBAのナレッジを学ぶだけでは、イーロン・マスクのような起業家は生まれません。多くの人と議論して、未来を描く力が必要です。

最首 われわれもAIと量子コンピュータに取り組んでいて思うのは、現状を打破するためなら先端技術を使うことに躊躇されない方が少しずつ増えているような気がします。これは昨年、コロナ禍によって、これまでの常識が大きく覆されてしまったことと関係があるように思えてなりませんが、どう思われますか?

青嶋 私もそう感じています。以前から変化の兆しを捉えている方はいましたが、数は限られていました。しかし今回のコロナ禍によりその変化が一気に顕在化したことで、過去からまっすぐ伸びる連続線上に将来があるとは限らないということに、多くの人が気付いたのではないでしょうか。

最首 その結果、何が起こったかというと、私は多くの方の目がより本質的な部分に向けられるようになった気がしています。たとえば、社員と会社の関係を見直したり、ハピネスをもたらす働き方や暮らし方を模索したりする動きが顕著になったのは、こうした変化の表れではないでしょうか。

青嶋 同感です。テレワークの推進によって満員電車での通勤がいかに無駄だったかを体感した人は少なくありません。つまり、やむなく新型コロナウイルスの流行によって、解決を先送りしていたさまざまな課題が可視化されたということなのだと思います。以前から日本企業の一部では、新卒一括採用を見直す動きや、メンバーシップ型からジョブ型の雇用へシフトすべきという議論は出てはいましたが、コロナウイルスを機に大きく変化していくと思います。

今回の件で、社会にはびこるさまざまな無駄や偏りに気付いた人の中から、是正しようという動きが強まるかもしれませんね。

テクノロジーによって意外な共通点が見つかることも

最首 可視化は非常に重要ですし、先送りにされていた社会の問題解決に多くの人の意識が向くことは歓迎すべきだと思います。ただAIや量子コンピュータをビジネスにしていると、すでに可視化され、理解し尽くしたつもりになっていることの中にも、意外な発見があったりするのです。

青嶋 どのような場面でそうお感じになられますか?

最首 弊社には、ディープラーニングを用いて対象の特徴を多次元のベクトルで表現するアルゴリズムがあるのですが、こうした技術を応用して、福岡の天神地区で生活する方々の行動解析を行いました。統計データを用いるので個人が特定されるものではありませんが、解析の結果、人々の購買パターンは200程度に分類できることがわかりました。そうすると、性別や年齢層といった単純な属性分析からはわかりえなかった消費者の特徴や傾向を捉えることできます。

株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕

人間には先入観があるので、たとえば50代の男性と20代の女性の購買行動の間に、共通点を見い出すことは容易ではありませんが、データの切り口を変えてみるだけで、同じような振る舞いや特徴が見つかることがあります。

青嶋 直感では捉えがたい事実を可視化することができるのですね。そうした発見が増えると社会はよりよい方向に変わっていきそうですね。

最首 はい。今後はこのような技術を企業における人材育成や最適配置に応用したいと思っています。たとえば、あるアルゴリズムを用いて人の成長の過程を計算できるようにすることができないか、研究開発を進めています。本人ですら気付かない才能を発見し、新たなキャリアパスを提案したり、逆に希望するキャリアを手に入れるために優先的に身に付けるべきスキルや経験を提案したりできれば、埋もれた人材を新しい環境で活かせるかもしれません。

青嶋 すごく興味深い取り組みですね。後継者育成としてサクセッションプランの実践に苦心している企業も多いと思います。また、人材が足りないという声が上がる一方で、人が余ってしまっているような状況が併存しているのがいまなので、テクノロジーをそうした社会課題の解決に活用するのは素晴らしいことだと思います。

最首 グルーヴノーツは、「豊かで人間らしい社会の実現に貢献する」というビジョンを掲げ、膨大な計算を要する人やモノの最適配置や将来の動向予測を量子コンピュータやAIを使って実現しています。「豊かで人間らしい社会」とはどのような状態を指すかといえば、テクノロジーによって一人ひとりの多様性を許容する社会であり、多様な人たちの協調と効率を両立できる社会です。そのために必要なのが、データに基づく現状の可視化であり、モデル化だと捉えています。

加えていえば、人へのレコメンデーション技術でいま主流となっているのは、スタティック(静的)な点を捉えてその類似性を見ているに過ぎない。しかし、人は流れを持って生きているものです。そのストーリーをどう捉えていくかが、データ分析においても重要だと思っています。

NRI コンサルティング事業本部 シニアパートナー 青嶋稔氏 × グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕のアンプラグドインタビュー|動的にものごとを捉える

青嶋 可視化した結果と、将来こうありたいというビジョンを重ねて、パズルを組み直すように現状を改善していく。そうした試みがあらゆる場所で展開されていけば、いまより無理や無駄が減っていくことにもつながるはずです。大きな可能性を感じます。

小さな改革を積み重ねながら社会課題の解決に貢献していく

最首 青嶋さんは数多くの製造業の支援に携わっておられます。これからの企業にとって大事なものは何だと思われますか?

青嶋 変化、変容の時代に入り、企業には、困難に直面してもすぐに立ち上がれるだけの弾力、つまりレジリエンスがより強く問われるようになりました。もし大きな変化を前に苦境に立たされている企業がまず取り組むべきは、混沌とした状況の中でも伸び続けている企業に習い、社会における自己の存在意義やビジョン、成し遂げたい未来の状態を自ら直すことからはじめるべきだと思います。

最首 そこがはっきりと自覚すれば、これからやるべき取り組みも明確化できそうですね。

青嶋 そう思います。逆にこうした軸がしっかりしていれば、社会環境の変化によって進むべき方向が変わったとしても、共感のもとに集まった社員やお客様も付いてきてくれるでしょう。これまでのやり方がそのまま通用しなくなったことを嘆くのではなく、変えるべきものと、変えてはいけないものを峻別し、小さな改革を積み重ねながら社会課題の解決に貢献していくことに意識を向けるべきです。そういう企業がいままで以上に必要とされる時代になっていくのではないでしょうか。

最首 世の中が複雑化し、先行きを見通すことが難しい時代になっていますが、私たちは、データを解析して可視化することで、想像を超えるような意外な発見や、思いのほかシンプルに解決する方法が見つかることもあると、明るい展望を持っています。データに基づく客観的事実として数理モデルで解き明かしていくことで、企業や都市の課題の解決に貢献したい。それがグルーヴノーツの使命だと考えています。

青嶋 テクノロジーによって人々の目的意識が刺激されたり、素敵な出会いが演出されたりする時代になれば、世界はもっとよくなるでしょうね。

最首 同感です。今日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。ぜひまたお話を伺わせてください。

青嶋 こちらこそありがとうございます。改めて社会を再構築していくアーキテクト的な視点の重要性を改めて認識できた気がします。近々、ご一緒する機会を作りましょう。

最首 はい。その際は、ぜひよろしくお願いいたします。

青嶋 こちらこそよろしくお願いいたします。

 

構成:武田敏則(グレタケ)