印刷が斜陽産業だと言われて、もうどれほど経つだろう。DTPや高機能なプリンターの普及でチラシやパンフレットなどを内製化する企業が増えたことや、激安で印刷を請け負う所謂ネットプリントサービスの台頭で、印刷会社は今まさに佳境に立たされている ―― と、様々なメディアが、業界の状況をこのように伝える。

しかしそれは、企業が WEB 上に "公式ホームページ" を持ちはじめた頃から言われていたし、さらには、ラジオやテレビが家庭に普及する頃にも同様の声があったはずだ。情報を、編集・伝達・出力する新たな技術が誕生する度に、皆が "印刷" の行く末を不安視したが、結果としてそれは今もなお確かな存在感を示している。それはひとえに、"印刷業" を名乗る多くの企業が、紙に代わる新たな媒体・テクノロジーが普及する度に、それらの技術を取り入れながら、事業を高度化・多角化し、成長してきた結果だといえるだろう。たしかに、狭義な意味での印刷(純粋なプリンティング)をみれば、その出荷量は 1996 年をピークにその後減少傾向にあるが、太宗となる印刷の需要減少を飲み込んでなおも、成長を続けようとする大きな意味での印刷業は、外的環境の変化にも強い業界という見方ができるかもしれない。

今年、創業70週年を迎える福博印刷も、そうして時流を読みながら事業を多角化してきた印刷会社のひとつだ。「地方の印刷会社」と自分たちを揶揄する同社だが、2018年始早々にアナウンスされたAIを活用した先進的なマーケティング支援サービスの提供開始について、その狙いと目指す先を聞いた。

差別化、差別化でたどり着いた、AI 機械学習。

福博印刷は、佐賀県に本社を構え、東京をはじめとする全国4箇所に営業拠点と、2つの印刷工場を持つ印刷会社だ。求められる印刷物を素早く、かつ高品質な状態でクライアントに提供するという印刷事業の本分は大前提とした上で、販促、Webマーケティング、マーケティング支援、ブランディング、クリエイティブなど、世間のニーズの移ろいを捉え、同社は事業領域を拡大・多角化しながら、創業から70年という年月をしなやかに生きてきた。

「インターネットやデジタルサイネージの出現によって、印刷の需要が減少傾向にある中で、どの印刷会社もその差別化に躍起になっている」という生方一成氏は「私たちも例に漏れず、何をもって差別化をはかるかを社内で検討していた」と続ける。

「究極的に、クライアントが私たちに期待しているのはチラシの印刷そのものではなく、それをつかって如何に多くの商品を販売するか、如何に多くのユーザーを獲得するかという点で、そのニーズに応える事こそが最大の差別化になる」と言うのは、同社でマーケティング業務を担当する最所真一氏だ。

その言葉通り、同社のマーケティングチームでは、市場のセグメンテーションや顧客のターゲティングなど、統計解析を用いて、より効果的に顧客にアプローチできる "戦略的な印刷” の提案を行っており、その点ではクライアントからも高い評価を得てきたという。しかし、データの分析業務は専門知識をもつ社員に頼らざるを得ず、なかなかその体制をスケールできない事がネックとなっていた。

データ分析の専門家を大量に雇い入れることなく、より多くのクライアントに、同品質の提案を示す方法がないかを模索していた折に出会ったのが、専門知識不要でAI(機械学習)による高度なデータ分析を可能にする「MAGELLAN BLOCKS」であったという。

機械学習。思った以上の手軽さに驚き。

もともと 生方 氏も、大きな注目が集まっている AI や機械学習といったテクノロジーを、どうにか事業に活かしたいと考えていた。システム開発会社とのコミュニケーションを通じてその実現可能性を探ったこともあったが、巨額の開発費用を提示され断念。社内に機械学習に精通した人材もおらず、やはり自分たちが利用するにはハードルの高いテクノロジーなのかも知れないと思い始めた矢先に同ツールに出会い、すぐさま試用を開始したという。

「クラウドですぐに使い始められること、専門知識も不要で、しかもノンプログラミングとなれば、試すしか無いと思った」と話す最所氏。

手始めに小売店やスーパーの来店者数を予測してみたところ、1週間程度の試用で 90%以上の精度を獲得することに成功。もともと、データマイニングを担当するチームがマーケティング部内にあったことから、どういった因子が予測で必要になるかの見当は容易についたという。これまで、都度アルゴリズムを書いてデータを分析していたのが、モデルにデータを学習させさえすればすぐさま結果を得られるようになり、業務効率も大幅に向上。なにより、データさえあれば、データ解析の専任者でなくても質の高い提案が可能になった点が非常に大きいという。

実際にAI(機械学習)の効果を体験したあとの同社の動きは非常にスピーディーだった。試用を終えたのが昨年の12月上旬、その後たった1ヶ月で、MAGELLAN BLOCKS をベースに AI を活用したマーケティング支援サービスを組み立て、自社の顧客向けに提供を開始したのが今年の1月上旬。発表直後から非常に多くの反響を得ているという。「我々は新しいものに目がないだけ」と笑いながら話す山口裕行氏の言葉からはしかし、新たなテクノロジーをうまく取り組みながら事業を作り上げてきた、しなやかで力強い企業文化が伺える。

ひらかれたテクノロジーが、地方に戦う力を。

「システム開発会社から巨額の開発費を提示されたとき、AI(機械学習)はやはり、大きな資本力を持った一部の企業にとってのものだと諦めかけたが、BLOCKS と出会って、我々のような、地方に拠点を置く企業でも戦う力を持てるのではないかと感じた」という 山口氏の言葉には、東京一極集中と呼ばれる状況が長く続き、大きな資本力を持って地方に進出してくる巨大なショッピングモールやチェーン店などの大手企業によって、弱体化していった地域経済を憂う響きが微かに交じる。

「我々がアンテナを高く張り、有効なテクノロジーやトレンドをキャッチアップし、提供することで、我々のお客様もまた、競争力を手に入れることができる」という山口氏。創業から70年という長い時間、その状況の変化を身をもって体感し続けてきた同社のマインドは地域経済の活性に向けられており、それは実際に、福岡ひびき信用金庫が、福博印刷が提供する AI マーケティング支援サービスの試用を開始したという発表(2018.04)にも表れている。

専門的で、複雑で、高額なテクノロジーは一部の人によって占有されるが、一般的で、単純で、安価なテクノロジーは広く多くの人の手にまで届く。AI(機械学習)という、いかにも難しそうなテクノロジーをしかし、地域企業が、また地域企業に対して提案していくという同社の動きには、助成金頼みではない、新しい地域経済再生の可能性を見た気がした。