現金が必要になったときに、自分が口座をもつ銀行のATMを探した記憶はもう 10 年以上ない。今やコンビニでは当然のように24時間365日ATMが使えるし、ATMよりもコンビニを探すほうがずっと楽だからだ。
2001年の創業から「いつでも、どこでも、だれでも、安心して」使えるATMサービスを掲げて事業を展開するセブン銀行は、23,000台以上の ATM を全国に設置し、提携する金融機関も600社を超え、ほぼすべての銀行口座での入出金が可能となっている。創業当時「うまくいくわけがない」と言われたコンビニ ATM事業を“共通インフラ”と呼ばれるまでに成長させた、フィンテックの超先駆けとも言える同社に、テクノロジーとの向き合い方について話を聞いた。
収益の90%超は金融機関からの手数料。異例のビジネスモデル
一般的な銀行では、預金者から集めたお金を企業などに融資して、その利息収入を得ることをビジネスモデルの基本としている。一方、セブン銀行の場合は「提携先ユーザーがセブン銀行ATMを利用した件数に応じて、提携先の金融機関から頂戴する手数料収入が収益の90%以上を占めている」と、同社の常務執行役員でありセブン・ラボを率いる松橋さんは言う。
ここで面白いのは、同社の収益の太宗は利用者からではなく、「提携先の金融機関」から支払われている点だ。言い換えれば、提携先の金融機関は手数料を支払うことで全国23,000箇所をつなぐATMネットワークを利用していることになる。しかも、そのネットワークは設備投資をせずとも(セブン銀行が設置台数を増やすことで)自ずと増え、ソフトウェアやセキュリティ対策も日々アップデートされるため、大きな投資や全国をカバーするATM網の構築が難しい金融機関にとっては願ってもない話であろう。
同社のATM設置先は「セブン‐イレブンの店内だけでなく、空港や、駅、ショッピングモールなどの商業施設、さらには自社のATMを置き換えていただいた金融機関もある」という松橋さんの話からも明らかなように、今や同社の提供するATMサービスは我々一般利用者と金融機関をつなぐ上でなくてはならないインフラにまで成長していると言える。
クラウド的発想で創り上げられたATMサービス
この状況を聞いて筆者は10年ほど前、クラウドサービスの普及期にサービスプロバイダーが導入を決めかねるユーザーに対して展開していた次のようなトークを思い出す。
“ データをクラウドに置くのは不安、全部手元においておきたいというのは、お金を銀行に預けるのは不安、全部タンス預金にしたいと言うのと同じ。よほどお金をかけてセキュリティを厳重にしない限り、タンス預金よりも銀行においておくほうが安全。しかも、タンス預金は家でしか出し入れできないのに対し、銀行に預金しておけば世界中どこのATMからでも引き出せる。クラウドにデータを置いておけば、インターネットさえあればどこからでも利用できる。”
クラウドを銀行に例えることで、自前主義の根強い日本企業に対して、それがいかに非生産的であるかを説く内容だが、この話の根本はセブン銀行が実現した共通インフラの考え方と同様のものだったのではないだろうか。
方々から「ATM手数料だけで成り立つ銀行なんて考えられない」と言われた創業時の同社が見据えた先はしかし「銀行業」のはるか先、銀行である事のメリットを足場にした「金融サービス業」であったのだ。
クラウドやSaaSという言葉が普及する以前の2001年に、クラウド的な発想をもったATMのサービス化が、しかも IT サービスとは別の文脈で始まっていたことには驚きを覚える。さらに言えば、ATMという自然な形で、すでに私たちの日々の生活に溶け込んでいるため、筆者にはこれが、「ブロックチェーン」や「ロボアドバイザー」などのキーワードで盛り上がりを見せている割に、実体の掴めないフィンテックの超先駆け的な存在であることに今の今まで気付かないでいた。
課題にフォーカスすることで、自ずと必要なテクノロジーが見えてくる
まるで時代を先読みしたかのようなサービス展開を可能にしているのは「常に課題やニーズが先にあって、テクノロジーはあとからついてくる」という松橋さんの言葉にも見て取れる、同社のテクノロジーに対する姿勢だ。松橋さんは新たなテクノロジーを前にして「ではそれをどう使うべきか?」を考えはじめるのではなく、あらかじめ社会や自社の課題、お客さまのニーズを見定め、その解決に取り組んでいく中で見つかる最良の手段がたまたま「最新のテクノロジー」であるべきだという。
テクノロジーを起点に物事に取り組むと、新たなテクノロジーが生み出されるたびにその軸足を移すことになりかねない。一方、ニーズや課題を起点にして物事を捉えることで、新しいテクノロジーに振り回されず、解決手段のひとつとして向き合うことが可能になるという。
機械学習、それは便利な電卓のような存在になる。
現に、同社は業務の効率化・高度化・コスト削減を目的として、人工知能(AI)による機械学習を用いた「現金需要予測の精度向上」「保守の高度化」「金融犯罪対策強化」に取り組んでいるという。またそれは創業来取り組み続けてきた課題だともいう。
ビジネスモデルの性質上ついて回る課題は、一般に事業をやめるまでなくなることはない。それはあらゆる事業について言えることだが、肝要なのは同社が前述の課題を自ら見定め、人手を使って、プログラムを使って、アルゴリズムを使って、様々な方法で最適解を常に探し続けてきたということだ。
「私たちは、機械学習がいずれ便利な電卓になるはずだと考えています(笑)」という松橋さんの、ある意味で落ち着いた、ある意味でそっけないとも言える新しいテクノロジーに対する姿勢は、課題を中心に据えているからこその言葉なのだろう。同社にとって機械学習はこれらの課題に対して、現状よりもベターな案を示し得る“ツール”にすぎないのだ。
スピーディーに取り入れ、スピーディーに提供する。
現在同社内では、年齢や部署、役職を問わず集まった有志からなる十数名のメンバーが、機械学習を用いたより効果的な課題解決方法を試行錯誤しているという。ATMソリューション部の柏熊さんもそうした有志の一人だ。当初はプログラミングに関する知識はなかったが、機械学習に興味があり名乗りをあげたところ、グルーヴノーツの「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」を使ったPoCを任されたという。SQL文の書き方などを学ぶ必要はあったが、ブロックを組み合わせるだけで機械学習を用いたデータの解析が可能な「MAGELLAN BLOCKS」を用いることでこれまでの方法よりも短時間かつ簡易なオペレーションでの分析が可能になったという。
役職や年齢にかかわらず、こうした機会が与えられるのも、課題解決の為に貪欲にテクノロジーを取り込み、良いサービスをいち早くお客様に届ける、という全社に浸透した理念があるからだろうと感じた。
今後も、これまでになかった方法で課題やニーズにチャレンジを続ける同社が実現する、新たなソリューションから目が離せない。